2008年06月08日

日本における「2ちゃんねるの時代」を振り返る

日本における「2ちゃんねるの時代」を振り返る

※資料番号225号 原文投稿日:2006/04/25 (火) 00:58:41

一部抜粋
高木浩光(以下、高木):
 スラッシュドットですか? えーと、2chにも詳しいんですけどね(笑)。さておき、
やはり2ちゃんねるというのは大きな「実験」だったのかなと思いますね。日本でもイン
ターネット以前のパソコン通信時代では、ビジネスとして運営されている大手BBSのな
かの世界でしたから、名誉毀損などの訴訟が起きるという体験を経由しながら、「書けな
いことがあって当然である」という感覚が自然になっていました。

 ただしそれがある種の抑圧を生み、「コレは言っちゃダメなんだろうけど、言ってみた
い。挑戦したい」というような心情がそれとなく生まれているなかで、ひろゆきさんが2
ちゃんねるという形でポンとそういう場を実現してしまった。これにみなが追随し、「匿
名でどこまで行けるのかやってみよう」という実験的なムードが推進されたと思うのです。
さきほど加野瀬さんがおっしゃっていましたが、自虐的に「ここは2ちゃんねるなんだか
ら、みなさんあんまり信用しないで下さいよ」という暗黙の前提というかエクスキューズ
の下で、「あくまで実験としてこういう言い方もできるはずだ」と振る舞うわけです。も
ちろん、決して堂々とこうした考えを実名で主張する気はないけれども、あえてこういう
言い方をすれば、みながどういう反応するかというのを見たい、と。



(コメント)
「実験」「挑戦」
こうしたインターネットの玄人達が2chについて語ると必ずこういった
2点を掲げ、論じてくるのは今や御約束事です。
新たな領域に挑戦する一種のフロンティア精神というものは大いに結構
なことであるが、西村博之のそれは挑戦というよりも「人体実験」の域
ではないかと思えるのは私だけだろうか?
実験には必ず験体を必要とする。もちろんWebコミニュティの実験なので
ネズミや猿ではない我々人間がその験体となる。
それもグローバル規模の実験なので万単位で大掛かりな実験となるわけだ。
当然実験なので失敗もあれば成功もある。しかし現実問題として博之の実験は
失敗が続いた。その失敗の数は抱える裁判の数と被害者の警察への被害相談件数
そして自殺した被害者の数がそのまま失敗した数ということになる。

我々反2ch活動者の存在もその彼の失敗によって生み出されたものと言える。
つまり大勢の2ch被害者や加害者達も含め全て博之の実験廃材ということに
なるのだろう。
大学などの実験に使われる動物達は死後、研究者達の手で丁重に埋葬される。
多くの偉大なる研究者や発明家は、成功と引き換えに大きな十字架を背負うことに
なるのは珍しいことではない。
そう・・実験の規模が大きくなればその犠牲も大きなものになるのは当然なのだ。

さて、博之は大きな実験(挑戦)をして、我々2ch被害者の大量生産や
ネットモラルの低下など、ありとあらゆる犠牲を出しつつも博之は様々な賞を
受賞し名声も得ることになったわけなのだが、無関係で同意も無しに
博之の験体として市民が実験に投入され、その結果多くの犠牲を生んだ。

大きな大きな十字架を博之は背負うことにもなるのだが・・・
さて・・・博之は十字架を担いでいるのだろうか?
ひたすら自分は関係ないと言い張り 被害者は勝手に被害を受けているだけ
自殺した者達も勝手に死んだのであって、何もかも全ては被害者の自己責任
自分は掲示板を管理しているだけ。でも貰える名声と富はちゃんと貰う。

私は博之が自分の挑戦によって犠牲になった者達への感謝の気持ち
そして崇高な犠牲と受け止めているのなら彼を擁護してもいいとさえ思う。
しかし彼はそれらの十字架を担ぐことから逃げた又は拒否した。

私が彼に対し最も怒りを感じているのはそこにある。

被害者は居ても、最初からその被害者は存在すらしていなかったかのように
振舞う彼の冷淡さと身勝手さ。
その彼の行動を器量の大きさと斬新な哲学からくるものだと勘違いしている
大勢のネット玄人達やジャーナリスト達。それとも最初からその者達も彼と同じ
冷淡で身勝手な者達であったため共感したのか。

「2chは趣味で管理しているようなもの」と博之は言う。
しかし上記のネット玄人達のように、彼の「趣味」を挑戦・実験と持てはやす。
そう解釈している者達全てに当てはめられる共通点が一つある。

それは・・「被害者」という表現又はそれらを題材として一切口にしないことである。
彼等にとって被害者は最初からこの世に存在すらしていないと思っているのだろうか?
被害者を被害者として認めていないのか?
それとも懸命に被害者という存在から目を背けているのか。
いずれにしても冷淡過ぎる・・・
同じ人間だろうに・・・こうしたネット玄人達の発言を読んでみて何時も思う・・

何故そんなに冷たくなれるのか? 何故そんなに感情を殺せるのか?
何故そこまで機械的でいられるのか? インターネットという文化が
人間本来の感情と道徳観念を消し去ってしまったのか?
少なくてもインターネットが普及する前、彼等のような物の考え方を
する人間を私は一人も知らない。

コンピューター技術に影響を及ぼすのが人間 しかし何時の間にか
コンピューターが人間の思想に影響を与える時代が来てしまっている
のかもしれませんね。
posted by 弱者 at 21:57| 資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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