2008年05月30日

ネット君臨:第2部・IT立国の底流/1(その1) 富生んだIT戦略

※資料番号(二)95号

ネット君臨:第2部・IT立国の底流/1(その1) 富生んだIT戦略

◇産学政結ぶ情報技術の先駆者−−規格提唱、一方で企業投資

 その投資会社は東京・赤坂のアークヒルズエグゼクティブタワーにある。

 00年設立の「ワイドリサーチ」。代表取締役の村井純氏(51)は慶応大教授だ。
日本のIT(情報技術)研究をリードし「インターネットの父」と呼ばれる。
率いる研究者集団「WIDEプロジェクト」から役員に東京大教授らを迎え、ベンチャー
企業への投資を続ける。同じ年に発足した政府のIT戦略本部委員の顔も持つ。

 インターネットサムライ−−。15年前の米雑誌でそう紹介された。30代。
ジーンズに古びたシャツを羽織る異色の学者として登場する。

 村井氏が米国のインターネット研究に取り組み始めた80年代、それとは別のコンピュ
ーター通信が国際標準として提唱されていた。当時を知る大学教授は「日本でも権威ある
学者や官僚が支持した」と言う。ネットは国内では傍流だった。村井氏は企業に頭を下げ
て回り、研究支援を取り付ける。やがてネットが米国から世界に広がり、先見性が証明さ
れる。

 「インターネット」は95年、流行語大賞トップ10に入る。授賞式にスーツ姿の村井
氏がいた。

 日本のIT戦略はその後、産と学を結んだ一人の学者を中心に展開されることになる。

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 東証マザーズに99年、第1号として上場したIT企業がある。WIDEプロジェクト
は89年に日本初のインターネット実用化に成功。同社はその技術を商用に転用し、WI
DEから役員を招いた。村井氏はこの縁で未公開株132株を取得する。上場で約70億
円に跳ね上がり、大半を売却した。売却益の一部を経営するワイドリサーチに貸し付け、
投資の資金に充てた。

 投資先にはネットの次世代規格IPv6の関連企業がある。村井氏はその提唱者だ。
コンピューターの「住所」に当たる識別番号を事実上無限に増やし、家電の遠隔操作など
使い道を飛躍的に広げる可能性がある。

 デフレ不況から脱出するためIT革命を掲げた森喜朗首相(当時)は00年9月の所信
表明演説で初めてIPv6の重要性を強調した。「(国として取り組みへの)積極参加を
目指す」。文言を入れたのは村井氏。前月、後のIT担当相の竹中平蔵氏の推薦で首相の
ブレーンに招かれていた。

 村井氏が旗振り役となったIT政策はネットの普及を加速させた。その後のベンチャー
ブームも後押しし、景気の浮揚にも役立った。

 昨年まとめた「IT新改革戦略」は省庁の情報通信機器について「原則08年度までに
IPv6への対応を図る」と記した。だが、IPv6の推進には戦略本部で「他の規格も
ある」「急ぐ必要はない」と異論も出た。業界には「民間で決めるべきことに国が口を出
している」という声が強い。

 政府の民間委員には公務員や議員のように業界と一線を画す規則はない。複数の政府委
員を務める国立大の教授は関係する業界の株を一切持たないようにしている。「株が値上
がりするかどうか、政策を決める立場上、分かってしまう。大学の研究を社会に役立てる
のは重要だが、疑惑を招く行為をやっていけないのは常識だ」と指摘する。

 村井氏が個人で株主になったのは少なくとも10社。取材に「委員は自分に利益をもた
らしてはいけない。(自分は)疑念を持たれるかもしれないが、業界全体の利益を考えて
おり、個別の企業に便宜を図ったことはない」と語った。

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 WIDEが技術支援したIT企業が20日、同じ東証マザーズに上場した。社長は慶応
大の教え子。IPv6に対応するシステムが目玉事業だ。

 この会社の240株を村井氏は保有している。約30万円で買ったという株はこの日、
初値で約1億1000万円の価値を生んだ。


ネット君臨:第2部・IT立国の底流/1(その2止) IT政策、光と影

<1面から続く>

 ◇唯一の知恵袋、重用

 「きょうは時間がありませんので発言は2分でお願いします」。政府IT戦略本部の会
合で司会者が委員にこう伝えることがある。

 ITに精通していない委員の中にはメモを棒読みする人もいた。提言の原案は慶応大教
授、村井純氏(51)が中心になってまとめた。ある委員は退任を控えた会合で苦言を述
べた。「極めて対話が少ない。それでも民間有識者の意見を聞いたというお墨付きを(政
府に)与えることになる」

 委員を一新する案が05年に官邸で検討されたことがある。「利用者の視点での議論が
少なかった」(政府関係者)からだ。だが民間委員8人のうち村井氏だけが残る。

 官僚にとっても「知恵袋」の村井氏は欠かせない存在だ。IT関連予算はインフラや企
業の研究への補助が多く、「研究開発の推進」の分野だけで毎年1000億円を超える。
ある総務省幹部は「IT業界に顔が利く村井さんが産学協同のプロジェクトを提案してく
れると、省としての予算要求がしやすい」と明かす。同省はこれまで20以上の審議会に
村井氏を委員として迎え、重用している。

 一方で村井氏は、総務省所管の独立行政法人が研究費助成する企業を選考する評価委員
会の委員長を務める。助成に応募する企業には、村井氏が株を保有したり、顧問をしてい
る所も含まれる。

 政府はIT政策とともに、日本経済の活性化を目指して産学協同も推進した。文部科学
省は02年、そのルール作りのため大学教員の副収入に関する指針をまとめた。収入を把
握する専門委員会を学内に設置するよう提案したが、すべては大学側の判断に任せた。
文科省への報告義務はない。

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 竹中平蔵・元IT担当相は昨年11月、村井氏と慶応大で対談した際、「日本のブロー
ドバンド(高速大容量通信)は世界で最も速く、安いものになった。村井さんの貢献は大
きかった」と称賛した。

 インフラ整備が進んだ半面、日本のIT政策には影の部分もある。戦略本部委員だった
梶原拓・岐阜県知事(当時)の肝いりで県などは01年に第三セクターを設立。戦略本部
が提唱する高速インターネット網の整備に着手した。村井氏も三セクの顧問に名を連ねた。
使用料金が大手業者より安く、地域の利用も急増するというふれこみだった。

 しかし、大手が02年に料金を値下げし、利用者が激減したため、三セクは06年に清
算された。元幹部は「国の構想をきっかけに始めたが、失敗かもしれない」と見込み違い
を認める。同じような地域のプロジェクトは全国13カ所で進められた。総務省幹部は「大
半は利用が伸びず、失敗している」と言う。戦略本部の元委員も「肝心の人材育成やネッ
トのセキュリティー対策は不十分だった」と指摘する。

 日本のIT予算は00年以降で計約10兆円に上る。調査会社IDCジャパンによると、
05年のIT投資額は米国に次いで世界2位。一方、各国の政財界のリーダーが集まる世
界経済フォーラムの05〜06年版報告書では、国民生活や経済への投資の貢献度は16
位。アジアでも5位にとどまる。

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 2月13日夜、東京都千代田区のホテルニューオータニ。日本料理店で安倍晋三首相や
竹中氏とともに席を囲む村井氏の姿があった。ホテルを出た竹中氏は「村井教授からイン
ターネットの技術の話を総理にさせていただいた」と報道陣に語った。

 森内閣から始まった政府のIT戦略。政権が代わっても、「権威」が衰える気配はない。
=つづく

 ◇未公開株取得と「IT戦略関係ない」−−村井純・慶応大教授との一問一答

 政府のIT戦略本部委員で、慶応大の村井純教授は3月上旬、毎日新聞のインタビュー
に応じた。政府委員の立場について「見返りを求めてはいけない」と述べたが、IT企業
の未公開株取得には「IT戦略とは関係ない」との見解を示した。研究者と企業家の線引
きについては「大いに議論してもらえばいい」と語った。主な一問一答は次の通り。

 −−IT政策のかじ取りをしてきましたが。

 ◆僕の問題意識で進める分野としてはIT政策は効果を上げたと思う。
僕は技術者なので傍流だ。

 −−戦略本部が提唱するIPv6が目玉事業の企業の未公開株を持っていますが。

 ◆自分の学生だったのでポケットマネーで30万円くらい出資した。IPv6を売りの
ひとつにしているが、それでこの会社がもうかったとは思っていない。上場して僕の出資
が膨らんで戻ってくる可能性は今はわからないが、それが問題だといわれると(判断が)
難しい。

 −−ほかにもあなたが未公開株を所有し、その後上場したIT企業があります。

 ◆ああ、(会社名を挙げて)あれもそう。でも公開前に株を手放す必要があるのか。
IT戦略に僕が何か貢献すると全部疑念を招くことになる。

 −−それは極論ではないですか。

 ◆企業家は利益を上げてもいいが、研究者は(許されるのか)どうなのか。
そこは大いに(議論を)して頂いたらいい。

 −−売却益の一部はご自分の資産になりますね。

 ◆もちろん。でもそれとIT戦略とは関係ない。

 −−投資会社ワイドリサーチの代表取締役ですが。

 ◆自分の株の売却益をワイドリサーチに低利で貸し付けて、そこから(ベンチャー企業
に)出資している。次の世代に役立てられないかというシステムだ。

 −−政府の委員として株取引や投資は社会から疑念を持たれるのでは。

 ◆そうかもしれない。ではどうすればいいのか。政府の委員は自分のところに(利益が)
戻ってきてはいけない。僕は政府の委員なんかやらずに事業をやったほうが、(利益を上
げる)性能はものすごく高いと思う。

 −−先生は資産管理会社も持っていますが。

 ◆会計士が(会社を)作った。詳しいことは会計士に聞いてほしい。

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 ●日本のIT政策の歴史と村井教授の歩み

88年 村井氏がWIDEプロジェクト設立

89年 インターネットの実用化に成功

93年 日本初の商用インターネットサービスが始まる

94年 首相官邸がインターネットに接続

95年 ウィンドウズ95発売

97年 村井氏が慶応大環境情報学部教授に

98年 インターネット利用者が1000万人を突破

00年 森内閣が発足

    村井氏がワイドリサーチを設立

    IT担当相を新設し、中川秀直官房長官が兼任

    IT戦略本部が発足。村井氏が委員に

01年 e‐Japan戦略を策定

    小泉内閣が発足

    「ヤフーBB」開始。ブロードバンド本格普及へ

02年 住民基本台帳ネットワーク稼働

03年 e‐Japan戦略2を策定

05年 戦略会議の委員を一新、村井氏のみ留任

06年 戦略本部がIT新改革戦略を策定

    安倍内閣が発足

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毎日新聞 2007年3月21日 東京朝刊
posted by 弱者 at 23:08| 資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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