2010年09月16日

相次ぐサイバー犯罪 ウイルス作成罪成立に向けて

相次ぐサイバー犯罪 ウイルス作成罪成立に向けて

 コンピューターウイルスの作成や頒布の取り締まりをめぐり、国会や有識者らの間で議論が巻き起こっている。ウイルスを使用したインターネット犯罪が増加の一途をたどる一方、その作成や頒布自体を直接取り締まる法律がないからだ。法務省は「不正指令電磁的記録作成等の罪(仮称)=通称・ウイルス作成罪」の制定を刑法に盛り込むため、早ければ来春の通常国会に改正法案を提出したい考えだが、過去2回にわたって廃案となった経緯があることから、慎重な構えを崩していない。

 ■犯罪動機は遊び半分?

 法務省によると、ウイルス作成罪では、コンピューターウイルスの作成や提供、供用に対し、3年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金を科すことにしている。取得と保管には2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金といった罰則も定める予定だ。

 また、わいせつ物頒布等罪の処罰対象を拡充し、わいせつな図画や動画といった電磁的記録の頒布行為も処罰の対象とするという。

 ウイルス作成罪が求められる背景には、どのような事情があるのうだろうか。

 警視庁は8月、文書や写真などの保存データをイカやタコのイラストに変換し、パソコンを使用不能に陥らせるウイルスをばらまいたとして、器物損壊容疑で大阪府泉佐野市の会社員の男(27)を逮捕した。この男は平成20年にもパソコンのデータを削除する「原田ウイルス」を作成したとして京都府警に著作権法違反容疑などで逮捕され、懲役2年(執行猶予3年)の有罪判決を受けている。

 警視庁に逮捕されたこの男の供述によると、20年の事件に比べ自らのプログラミング技術がどの程度高まったかを試すことなどがばらまきの目的だったといい、これまでに計3度、サイバー犯罪で警察の摘発を受けている。他県でサイバー犯罪を取り締まる捜査関係者は「このままでは、遊び半分の気持ちで同様の事件を起こす犯人の登場が後を絶たない」と警鐘を鳴らす。

 ■直接罪に問えない現状

 “イカタコ事件”で適用された罪名は、あくまでも他人の所有物などを壊した際に適用される器物損壊罪だ。男の供述内容をみると、作成したウイルスは明白な悪意を持ってばらまいている。しかし作成と頒布を直接的に取り締まる罪名がなかったため、器物損壊罪で立件したことは捜査担当者にとっては苦肉の策だったといえる。

 「器物損壊罪での立件は警察にとってチャレンジングな判断だった。裁判所の判断が待たれるが、ウイルスの使用でコンピューターの中身だけを壊しており、外部的な力を加えていないことは罪に問う上でかなり苦しいのではないか」

 千葉大学大学院で刑法が専門の石井徹哉教授(49)はこう分析する。

 京都府警は20年の事件で、アニメキャラクターを無断で使用したことによる著作権法違反容疑での立件しかできなかった。当時の担当者は「どの容疑事実で立件するか、難しかった」と漏らしている。

 先述の捜査関係者も「ウイルスの頒布自体を取り締まることができなければ意味がない」と話しており、ハイテク犯罪の担当者にとって、ウイルス作成罪の成立は悲願となっている。

 ■共謀罪創設との兼ね合い

 法務省は16年の通常国会で、ウイルスの作成と頒布を取り締まるウイルス作成罪を盛り込んだ刑法改正案を初めて提出した。

 しかし、日本弁護士連合会などが成立に猛反対する共謀罪の創設を目指す組織犯罪処罰法改正案とセットで提出したことが、ウイルス作成罪成立の足かせとなってしまい、これまでに2度にわたっていずれも廃案となっている。

 日弁連は18年、共謀罪について「刑法では、法益侵害に対する危険性がある行為を処罰するのが原則。未遂や予備の処罰さえ例外とされているにもかかわらず、予備よりもはるかに以前の段階の行為を処罰しようとしている。黙示の共謀で罪が成立し、処罰範囲が著しく拡大するおそれがある」などとして反対を表明している。

 法務省は、ウイルス作成罪を盛り込んだ刑法の改正法案を来年1月の通常国会に再提出する方向で検討に入っているとされるが、共謀罪とは切り離し、ウイルスへの対処を先行させるとみられる。

 石井教授は「共謀罪は日本の刑法の体系には合わないだろうし、もう少し工夫が必要だ」と話し、共謀罪新設反対国際共同署名事務局の跡部由光さん(60)も「国もいろんな方策を練っているようだ。逆の見方をすればウイルス作成罪を先に成立させれば、共謀罪を単独で成立させるのはさらに難しくなるだろう」との見解を示す。

 一方、法務省はホームページ上で、共謀罪が国民の日常生活に危険を及ぼすことはないと強調。暴力団による組織的な殺傷事犯▽振り込め詐欺のような組織的詐欺事犯▽暴力団の縄張り獲得のための暴力事犯の共謀−など組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の共謀行為に限り処罰するとしており、「一般的な社会生活上の行為が共謀罪にあたることはない」と説明している。

 ■海外との約束

 相次ぐサイバー犯罪を国際的な枠組みで監視し、加盟国が取り締まりのための協力体制などを構築するサイバー犯罪条約が欧州評議会の発案で13年に採択された。日本や米国など30カ国が署名しており、ウイルス作成罪の成立は条約で定められた取り締まりのための国内法整備という位置づけでもある。

 法務省刑事法制管理官室の担当者は「条約を担保し、サイバー犯罪抑圧のための必要な刑事手続きを実施することが必要だ」と話している。

 一方、日弁連は共謀罪同様、ウイルス作成罪の成立にも反対を表明。被害が発生する抽象的な危険がない場合でも、ウイルス作成罪で重い刑が科せられることに懸念を示す。他人のパスワードなどを不正に取得して、ネットワークへ不正侵入する行為を取り締まる不正アクセス禁止法では、罰則が1年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金と定めているため、「ウイルス作成罪の罰則は重すぎる」と考えるためだ。

 ■早期成立に期待

 法務省はウイルス作成罪に対する懸念について、改めて条文内容を検討する姿勢を示しているという。さらにインターネット社会の到来で一般国民がコンピューターの使用を日常的に行っている現状から、石井教授は「社会背景の変化を背景に、法体系も変えていく必要がある」と強調する。

 法務省は悪意ではなく、善意で作成したプログラムがウイルスとして頒布された場合を想定。悪意を立証する必要性に迫られるのはあくまでも検察側であり、制作者が裁判において自らの善意を立証する必要はないとしている。

 石井教授は「不正アクセス禁止法など、これまで局面に応じた特別法の制定でサイバー犯罪に対処してきた。犯罪者といたちごっこを繰り返すことを避けるためにも、抜本的な法整備を実施しなければならない」と強調し、ウイルス作成罪の早期成立の必要性を説いている。


※現状説明用資料
posted by 弱者 at 00:37| 資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする