2008年08月30日

「2ちゃんねる宣言」より

※転載元投稿日:2005/04/28 (木) 17:49:38
資料番号第27号

200万とも300万ともいわれるユーザーを持つ巨大掲示板サイト。それが「2ちゃんねる」だ。
書き込みに際して完全な匿名が保たれているため、誰もが社会的束縛を離れて 発言し、自由に情報を交換することができる。
その一方でユーザー同士の容赦ない罵倒や攻撃、「厨房」「ドキュン」といった独特の用語、犯罪がらみの書き込みが噂されたことなどから怪しげなイメージが広がってもいる。実際、掲示板サイト全体をさげすんで「便所の落書き」と呼ぶ声まである。
だが、「2ちゃんねる」は本当にそれだけの存在なのだろうか。
本書は2ちゃんねるの誕生(1999年)から急成長、そして閉鎖騒ぎ(2000年)などの過程を追いつつ、その実態と社会的意味を分析する。
また、管理人「ひろゆき」(西村博之)へのロングインタビュー、および彼と田原総一郎、宮台真司ら4人の識者との対話がもう1つの柱となっている。
ひろゆきの人物像がこれほどまとまった形で掘り下げられるのは、初めてのことである。

2ちゃんねるを情報化社会の縮図などと決めつけるのはたやすい。
しかし、そうした通り一遍の解釈を笑い飛ばす不敵さがここにはある。ユーザーには情報の価値を判別することが求められ、根拠のない憶測を述べる者やそれに惑わされる者は、あっという間にたたかれて姿を消す。
本書で繰り返し出てくる言葉の1つに「メディアリテラシー」がある。
情報を読み解く力、とい ったような意味だが、2ちゃんねるこそ、それを体得する場なのだという。
この主張が正しいかどう かは、ひとりひとりのユーザーが決めることだろう。
実際に参加し、自ら発信源となる行為が、情報とのかかわり方を模索する何よりの糸口になるのだから。
(○滝○太○)


(コメント)
>根拠のない憶測を述べる者やそれに惑わされる者は、あっという間にたたかれて姿を消す。
被害者のHP上で根拠と明確なソースをアップしながら2chで発言を続けていた
投稿者を大勢で被害者のサイトを潰し(証拠隠滅)発言者を策にはめて悪人に
仕立てあげ、ネット界での発言能力を奪ってきた例を腐るほど見てきたのですがね。
全て2ちゃんねる側の都合によって作られてるレスの集まりが社会の縮図?
2ちゃんねらーが考えてるより今の日本人は馬鹿ばかりではありませんよ・・と、
言いたいです。

>彼と田原総一郎、宮台真司ら4人の識者との対話がもう1つの柱となっている。
失礼な書き方するけど元々から2ch擁護的な人と対話しても意味無いと思う。
博之が取材を受けるとき、相手の聞き手が2ちゃん勢力の息のかかった人物
というのは、ほぼお約束なんです。それ以外の相手とは基本的に対談しません。
今までがそうであったように。
博之は大物ぶってますが、ああ見えて実は結構神経質な性格なんです。
自分の話術で言い包められそうな人、又は前もって打ち合わせ済みの
人間としか彼は接触しないでしょう。

素で博之の機嫌を損ねる問い掛けをすると、彼の仲間達から何されるか
分かったものではありませんからね。
まして2ちゃんねるは、ネタ資源元としての依存度の高いゴシップ誌が
ガチで2ちゃんねるにマイナスになる記事を載せることは99パーセント
無いと言い切れます。

博之は2ちゃんねるファミリーの広告塔であり、スポークスマンの一人です。
想定外の道筋を歩かせて、ボロを出されたら大変なことになりますからね。
だから最初から仲間達が綺麗に整地した道の上しか博之を歩かせないはず。
聞き手が田原氏という時点で、取材そのものが台本どおりの可能性があります。
仮に聞き手が私であったなら、彼が歩く道は、完全不整地のジャングルの中。
彼がランドクルーザーのような頑丈なRV車のような心の持ち主でもない限り
車体フレームがひん曲がって走行不能になるでしよう。
posted by 弱者 at 00:33| 2ちゃんねらーの屁理屈集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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