「匿名だと無責任なことがいくらでもできる」「実名だとリスクが大きすぎる」−。不定期に盛り上がるネットの“匿名実名論議”。ここ最近でも10月初め、経済評論家の勝間和代氏(40)が毎日新聞のサイト上で実名使用を呼びかけたところ、「匿名派」とされる2ちゃんねる初代管理人のひろゆき氏(33)や、以前から匿名実名論議について見解を述べてきた匿名派アルファブロガー(世論に影響を与えるブログ執筆者)、小飼弾氏(40)と実名派の弁護士、小倉秀夫氏(41)も各自のブログで意見を表明した。またしても熱い戦いが繰り広げられたが、結局、結論は出たのだろうか。
10月4日、勝間氏は毎日新聞のサイト上のコーナー「クロストーク」で、ネットの実名使用の推進とそのメリットについてこう呼びかけた。
《ネットがメディアとしての信頼性を高め、既存のメディアと肩を並べる存在になるには、表現者が自分の名前を開示し、責任の所在を明らかにすることが不可欠だと私は考えています》
《ネットを過激な陰口の場にしないためにも、思い切って、実名主義を進めてみませんか。それによって、コミュニケーションが円滑になるほか、ビジネス面での利用の際の信頼性も高まると確信しています》
これに対し、16日までに、147の長文コメントがコーナーに寄せられたが、全体の64.1%が「反対」「どちらかといえば反対」の内容だった。
この「実名使用呼びかけ」に、「元祖匿名掲示板」の初代管理人は黙っていなかった。
ひろゆき氏は自身の6日付のブログで即座に反応した。
「実名推進派は人の気持ちがわからない人が多い」として、勝間氏への反論ともとれる題名のエントリーを投稿した。
エントリーの中でひろゆき氏は、実名推進派について、《ようやく一つの法則を見つけることが出来ました》とした上で、《匿名派の人は、実名を出す人の意見もわかるけど、自分はリスクがあるので、匿名で書くというモノが多いわけですが、実名派の人は、匿名の人のリスクを過少評価して、実名のメリットばかり主張するんですよね。匿名派の人は、相手の意見も踏まえた上で判断してるわけですが、実名派の人は、相手の意見に耳を傾けずに、自分の主張だけを声高に叫ぶ人が多いように見えるわけです》と指摘した。
そして投稿の最後の部分では、《実名推進派の人って、だいたい癖のある個人事業主とか、癖のある社長とかで…》とした上で、《相手のことを考えない人ばかりが、実名推進派なのは、実名推進派にとっては、おかしな奴ばかりがいるように見えてしまって、損だと思うんですが、どうなんでしょうか》と結んでいる。
ただ、投稿の真意についてひろゆき氏は産経新聞の取材に対し「似たような人が、似たようなことをいうなぁという人物像への感想なので、(勝間氏の)意見に対しての反論ではないことは、文章を読んでもらえればわかるかと」としている。
匿名擁護派としての意見を「実名で」ブログ上で呼びかけてきた、アルファブロガーの小飼弾氏。今回の実名匿名議論については、6日にひろゆき氏のエントリーの題名を意識してか、「匿名発言者は、自分の気持ちがわからない人が多い」と題したエントリーを投稿した。その中でこう述べている。
《匿名には、それ(特定の相手に言い返すこと)が成り立たない。言い返そうにも誰に向かって言い返せばいいのかわからないからだ》
《この「言い返しようがない」性質には、重要な利点がある。それは話にあたって「何を言ったか」のみに集中できるということだ。(中略)これは得難い特質であり、それゆえに私は匿名援護派である》
誰が「何を言ったか」を偏見なく純粋に議論することの好例として、小飼氏は19世紀ロシアの女性数学者、ソフィア・コワレフスカヤを取り上げ、「女性であることを理由に数学者となる機会が与えられなかった彼女を救ったのは、匿名だった」と匿名の美点を称賛している。
しかしその一方で、《匿名というのは、特権なのだ。特権であるからこそ、濫用は避けなければならない。権利の濫用というのは、それを取り上げようとするものに対して格好の口実となるのだから》と匿名発言者に対して警鐘を鳴らしてもいる。
実名推進派で弁護士の小倉秀夫氏は、昨年1月のネットニュース「J−CASTニュース」によるインタビューで、「匿名発言者による中傷の被害者から氏名、住所の開示の請求があれば、いつでも開示できることが望ましい」と指摘。また「匿名中心では、現実社会の地位をアップさせる手段としてネットを利用しにくくなります」とも述べ、ネットと現実社会の地位がつながっていない現状を憂慮している様子がうかがえる。
今回の実名匿名議論の中では、自身の12日付ブログで、《「実名・匿名論争が論じるべきテーマはたった一つ」です。無責任に他人を攻撃する自由を認めるのか否かです》と述べた上で、《ネット上の人格と現実空間での人格は切り離されるべきであり、ネット上の人格が行った違法行為又は非道の行為の責任を現実空間での人格が負わされるべきではないという見解に立てば、ネット上の匿名性は守られるべきということになります》と逆説的に実名使用の重要性について論じている。
勝間氏はその後、18日付のクロストークのコーナーで、さまざまな反応を受けたことに対して、《実名利用者が増えるのか、それとも半匿名か完全匿名かは利用者が決めていくことであり、ルールで決めることではないということに私も同意します》と一定の結論を述べた上で、《しかし、どんな方法でも、自分の行動に責任をとるという市民としての行動を貫くような利用方法をみなさんと考えていきたいと思います》と結んだ。
匿名発言者による「炎上」や誹謗(ひぼう)中傷は「ネットコミュニケーションについての教育が不足していることが背景にある」と指摘するのは、新潟青陵大大学院の碓井真史教授(社会心理学)だ。社会心理学的にもネット上のコミュニケーションは、「感情が一気に盛り上がってしまいがちだ」とした上で、ネットの使い方の教育について、幼いころから習い、当たり前のように身に付いている交通安全教育になぞらえ、その重要さを訴えた。